脇差:氏広

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説明
尾張関とは、慶長年間に名古屋城が完成すると、名古屋城下に隣国の美濃の関からも刀工が移住し、この刀工群を尾張関と呼んでいます。その中でも著名な刀工で、兼房(若狭守氏房)の子の飛騨守氏房も移住しております。氏廣は尾張関の刀工であり、刃紋や名乗りの上からみるとこの氏房の門葉であるように推測されます。
この氏広の脇差は、身幅広く、重ね厚く、豪壮な姿形をしており、研ぎ減りなどなく健全な体配を保っており、格調の高い平造りの脇差です。地鉄は板目に小板目・柾が交じり、刃紋は兼房乱れ風の出入りの激しい互の目乱れを主調に、尖り刃交じり、飛焼現れます。刀身の研磨状態は良好で、疵気も特になく、生ぶ中心であり最高の状態です。
本脇差には状態の良い時代拵えが付いており、鍔は在銘で「長州住正定」、鉄地で蓮の葉図の透かし・毛彫りでよい鉄味をしています。

  • 銘文(表):藤原氏房
法量
  • 刃長:39.0cm
  • 反り:0.7cm
  • 元幅:3.3cm
  • 元重ね:0.74cm
  • 時代:江戸時代 享保頃
  • 国 :尾張
  • 地鉄:板目
  • 刃文:互の目
  • 中心:生ぶ、目釘孔一個
  • 登録:昭和四十六年 静岡県
  • 鑑定書:保存刀剣鑑定書

※法量には若干誤差がある場合があります

詳細画像

氏広の鑑定書
氏広の刀身表全体
氏広の刀身裏拡大1
氏広の刀身裏拡大2
氏広の刀身裏拡大3
氏広の刀身裏全体
氏広の刀身表拡大1
氏広の刀身表拡大2
氏広の刀身表拡大3
氏広の拵え表
氏広の拵え裏